インタビュー

Vol.6.5

東アジア100年の歴史がわかる国、台湾――もう一つの漢字圏 台湾の文学 (番外編)

和泉司 × 赤松美和子


 つづいて、和泉先生にはご専門の日本統治期の台湾に関連する日本語文学をご紹介いただきますが、現在入手困難な本も数多いため、そのあたりのお話も含めてご紹介いただきました。

日本統治期の台湾文学をどうやって読むか?――和泉司先生が推薦する日本語文学


 日本統治期(1895~1945年)の台湾に関連する日本語文学を、今の日本で読むのは、ちょっとハードルが高いです。が、今は格段に本が探しやすい時代になっていますから、興味のある方には、本を探し出すことも含めて楽しんでいただければと思います。

 現在、新刊本で台湾の日本語文学を読もうとする場合、一番新しいものは集英社から刊行中の「戦争×文学」シリーズ第18巻「帝国日本と台湾・南方」編です。ただ、これに台湾人作家でテクストが選ばれているのは楊逵、龍瑛宗、周金波、邱永漢(邱は日台ハーフ、戦後は日本に帰化しているので、台湾人作家と考えるとき、少し考慮すべきかもしれません)の4名だけで、あとは日本人作家が描いた台湾、になっています。それでも、佐藤春夫「奇談」や伊藤永之介「総督府模範竹林」、中村地平「霧の蕃社」など、現在簡単には手に取れないテクストが収録されていますし、日本人が日本統治期台湾をどのように経験し、描いたか、に触れることも貴重な読書経験になると思います。

 ほかに、今のところアマゾンで新刊本が取り扱われているのは『〈外地〉の日本語文学選 1 南方・南洋 台湾』(新宿書房)です。こちらも台湾人作家、日本人作家双方から採録されていますが、楊逵「新聞配達夫」王昶雄「奔流」呂赫若「風水」など、台湾人作家たちの代表的な作品がコンパクトにまとまって読めるところが特長です。ただ、いわゆる〈皇民文学〉とされていた作品は採録されていないところが残念です。

 そのほか、2000年代の台湾研究の盛り上がった時期に、台湾の日本語文学作品が大規模に復刻されています。緑蔭書房からは『日本統治期台湾文学 日本人作家作品集』と同じく『日本統治期台湾文学 台湾人作家作品集』各6巻が出たのを皮切りに、同じ緑蔭から『日本統治期台湾文学集成』第1期・第2期(計30巻)が出版され、また、ゆまに書房から発行された『日本植民地文学精選集』第1期(20巻)、第2期(27巻)には合わせて22巻の台湾で発行された本の復刻本が収録されています。高価なシリーズなので、図書館に頼るしかないものですが、当時出版されたものをそのまま写した「影印本」なので、時代の雰囲気も感じられます(カラーがモノクロになってしまうのが、仕方ないとはいえ残念ですが……)。

古書の世界は出会いと発見の宝庫


 さて、しかし上記にあげた本は、新刊で手に入る可能性があるとはいえ、高価なもので一般に買えるようなものではありません(私もゆまに書房のシリーズはとても手がでません。緑蔭書房のものは、大学院生時代に学位論文のため「思い切って!」買いました……)。では結局、台湾の日本語文学は現在では縁遠いのか。

 そうではないと思います。本を読むとき、新刊にこだわる必要はないはずです。日本には(日本だけではありませんが)、新刊書以上に膨大で面白い、古書の世界があります。そこで、面白そうな作品を、探してみるのはいかがでしょうか。

 ここでは、私が毎日のように検索しているサイト、「日本の古本屋」に頼ってみたいと思います。

 たとえば、日本統治期台湾を「牛耳っていた」と、とかく評判の悪い作家として、西川満がいます。私は、実はこの作家が大好きなのですが、この人はそういう評価のため、台湾を取り扱うシリーズでも、あまり作品が取り上げられません(緑蔭やゆまに書房のシリーズには入っていますが)。しかし、「日本の古本屋」サイトで、「西川満」を検索してみてください。きっとみなさん「え!?」と思われるかと思います。なんとヒット件数が400件を越えてくるのです(日本の古本屋:「西川満」 検索結果一覧)。

 実は西川は、研究者のみならず、文芸・古書ファンの間でもしられる「書物マニア」でもあり、戦前戦後を通じて自分の本を次々に自費出版、しかも紙や装丁に凝りまくり、ナンバリングまでして発行するという「限定本の鬼」とまで言われているのです。そして戦後は多くの大衆小説誌に、小説を書きまくっていたのでした。

 そういう事情もあって、西川の、特に戦前の本は、びっくりするほど高価な場合があり、なかなか手が出ないのですが、一方で戦後に発行したものは、比較的安価で購入することができます。たとえば、戦前に彼が書いていた長編小説『台湾縦貫鉄道』は、30件ほどヒットしますが(2013年5月20日現在)、一番安い売値は2000円です(送料別)。装丁も、なかなか迫力があります。台湾ファンの方でしたら、一冊買ってみると、とっても面白いと思います。

 そのほか、日本統治期台湾で数少ない女性の作家であった坂口れい子の本『蕃婦ロポウの話』『蕃地』なども、古書でなら見つけることができます(こちらは8000円前後するので、ちょっとお高いですけれども)。坂口は戦後、九州に引き揚げた後も、丹羽文雄主催の文学同人「文学者」に参加して、3回ほど芥川賞候補にも選ばれています。

 さすがに、台湾人作家が戦前に発表した数少ない本は、古書でもなかなか出てきませんし、出たとしても非常に高価になりますが、邱永漢が台湾を描いた小説などは、『邱永漢自選集』(徳間書店)全10巻がバラで出品されていますし、値段も1000円前後からあります。他には、呉濁流、張文環といった日本時代に活動した作家が、戦後日本から出版した小説集なども、ときどき出品されることがあります。

 こういったものを、買わないとしても、キーワード検索(詳細検索で出版年を区切って探すとより効果的です)をして出てくる本のタイトルを眺めるだけでも、意外な発見があります。

 往々にして、衝動買いの危険も免れないのですが。


参考情報:書籍一覧


 本文で紹介された書籍の一覧です。
 絶版本は在庫切れや古書店での価格の変動があります。あらかじめご了承ください。



 台湾の日本語文学に興味がある方は、ぜひ和泉先生の著書をご覧ください。

和泉司著『日本統治期台湾と帝国の〈文壇〉―〈文学懸賞〉がつくる〈日本語文学〉 (ひつじ研究叢書〈文学編〉5)』

 昭和初期、〈円本〉ブームや改造社をはじめとする雑誌の文学懸賞募集、芥川賞・直木賞の登場は日本帝国中の文学青年の欲望を刺激した。それは植民地台湾でも同様であった。植民地という抑圧的な時空の文学運動は何を目指し、挫折し、生き延びたのか。台湾人でただ一人『改造』懸賞創作に当選した作家・龍瑛宗を中心に、日本統治期台湾における日本語文学運動を追求し、植民地の日本語文学研究に新たな視点を提示した意欲作。
(ひつじ書房、2012年、6930円)

Amazon
ひつじ書房



 いかがでしたか? ぜひとも興味をもたれた本をお手に取っていただければと思います。
 次回の超漢字マガジンインタビューは、日本語学者のシュテファン・カイザー先生にご登場いただき、外国人から見た日本語の魅力や、幕末から明治時代にかけて横浜の外国人居留地で使用されていた言語である「横浜ダイアレクト(ピジン日本語)」(ピジン言語=2種以上の言語が接触して発生する言語)についてお伺いします。お楽しみに!


和泉 司(いずみ つかさ)

慶応義塾大学日本語・日本文化教育センター専任講師(有期)。博士(文学)。

1975年、埼玉県生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程単位取得退学。慶應義塾志木高等学校、慶応義塾大学、和光大学、聖学院大学、日本大学、横浜国立大学、共立女子大学の非常勤講師を経て現職。専門は近代日本語文学および日本語教育史。
著書に『日本統治期台湾と帝国の〈文壇〉―〈文学懸賞〉がつくる〈日本語文学〉 (ひつじ研究叢書〈文学編〉5)』(ひつじ書房、2012年)がある。

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