インタビュー

Vol.6

東アジア100年の歴史がわかる国、台湾――もう一つの漢字圏 台湾の文学 (後編)

和泉司 × 赤松美和子

言葉と文章――中国語の影響と今でも残る日本語の影響


――中国と台湾で比較したときに、台湾の文章表現で特徴的な点はありますか。

赤松:同じ中国語でも単語が違ったりしますが、台湾のほうが文語的な表現が多いような気がします。台湾も実は簡体字に移行しようと考えていた時期もあったのですけれども、中国共産党が文化大革命を行った際に、台湾は自分たちが正統な中国を引き継ぐんだということで「正體中文」(繁体字)を保ってきたということがあります。

――流行に乗じて言葉を崩していくよりも、正統な言葉を綺麗に綴っていくほうが多いのでしょうか。

赤松:そうですね。ただ、話し言葉には日本時代の影響で、台湾語に日本語の音が残ったものもあります。たとえば、「おじさん」とか「おばさん」という「さん」という敬称ですが、中国語だと「さん」という言い方はしないのですが、日本語の影響で「桑」とかいて「sang(さん)」と読んだりします。「多桑」で「to-sang(父さん)」と読んだり、わざと「赤松桑」(あかまつさん)と書いてきたりという遊びもしています。たとえば、運転手さんのことは、中国語では「司機」ですが、台湾語では日本語の音を残して「un-chiang(運ちゃん)」と読んだり、気持ちのことも、「ki-mo-chi(気持ち)」と日本語の音がそのまま残っています。台湾の中国語は、こうした日本語の音が残った台湾語にも影響を受けています。


金門島の模範街
(金門島は中国大陸沿岸の島で、
中国と台湾の境界となる)

和泉:IT関係の語彙はかなり違うと思います。ITは、中国よりも台湾のほうが先に進んでいましたから、台湾でどんどん新しい言葉に翻訳していったので、翻訳したときにどの言葉をあてるのかが、両国で大きく違っていますね。

赤松:ただ、やっぱり台湾のほうも簡体字の影響を受け始めているという傾向は見られます。経済的には中国に依存している部分もかなりあるので、企業のホームページが簡体字で作られたりしています。政府も表向きは「簡体字のホームページをやめましょう」というようなことを言ってはいますけれど。台湾では2003年に簡体字の本の輸入制限が条件付きで開放されたのですが、今年のブックフェア(2013年1月)では初めて簡体字のコーナーができました。昔は台湾のほうが先に中国語に翻訳していたと思うのですが、今は逆のルートで簡体字の作品が翻訳されて入ってくるという傾向も見られます。

――インターネット上の台湾文学が中国で読まれたり、中国の文学が台湾で読むことができるようになったりということは、自由度が高まっているのですね。

和泉:台湾は人口2000万人の小さな市場なので、書く側としてもそれだけでは生活していけないので、大学の先生とかになっているんですよね。作家専業というのは、日本でも実は少ないといわれていますけど、台湾でもすごく少ないらしいです。中国語の文学では、マレーシアやシンガポールなどの華僑系の人たちが、中国語で創作をしている馬華文学(マレーシア華語系華人文学)とかもありますね。

赤松:彼らも台湾に留学に来て、そのまま台湾の大学で先生になりつつ創作もしているっていう感じですよね。

――台湾に来ているのですか。

赤松:はい。台湾に来ています。マレーシアでも活動しているとは思いますが。

和泉:ある時期までは「中国」への留学生の行き先は基本的に台湾が主流でした。東南アジアと中国はASEAN(東南アジア諸国連合)などで政治的に対立した時期もあったので、中国大陸は留学先としては危なかったんです。台湾は台湾で積極的に誘致していました。今は情勢も変わったので大陸(中国)に留学しちゃうのかな。

赤松:文学キャンプも、救国団が夏休みにマレーシアやシンガポールに行って、一カ月泊り込んで創作の指導をやったりしていました。どの程度、影響があったかはわかりませんが、東南アジア圏にはかなりお金を使って中華民国側、台湾側になるように長年活動してきたという背景があります。

日本市場での台湾文学はまだまだこれから


――今、台湾などで創作活動されている作品が日本に入ってきたりはしているのでしょうか。

赤松:台湾は、文化輸出にお金を使っている国で、以前は文化建設委員会、今は文化部に名称が変わりましたが、日本語に限らず海外で翻訳出版するためのお金を助成してくれる制度があるんですね。日本でもすでに100冊以上の台湾文学の翻訳本が出版されています。私自身、最初に読んだ台湾の小説に生きる力をもらったのがこの道に進んだきっかけですが、宣伝が足りないのか、選ばれた作品が面白くないのかはわかりませんが、あまり売れていないように思います……。ただ去年、文化部長でもある龍應台が書いた『台湾海峡一九四九』という本が翻訳出版されて、重版になりました(※補足)。この本は「紀伊國屋じんぶん大賞2012」でも25位にランクインする快挙でしたね。

和泉:ただ、ノンフィクションなんですよね。フィクションではなくて。

赤松:そうなんです。台湾の近現代はあまりにドラマティックですし、政治的な制約から語りたくても語れない時代が長く続きましたから、1987年に戒厳令が解除されて26年ですが、自分の歴史、台湾の歴史を語りたい人、読むことでカタルシスを得たい人がまだまだたくさんいるのだと思います。

和泉:その『台湾海峡一九四九』を翻訳した天野健太郎さんが新しい本を翻訳していますよね。

赤松:『交換日記』!

和泉:台湾の漫画家の女性二人がFAXで文通していたのをまとめて本にしたものなんです。台湾では、すでに15巻まで出ているんです。その第1巻を天野さんが翻訳して、2月に日本で出版されたんです。エンターテインメント本ですけれど、どのくらい売れるのか興味がありますね。

赤松:先ほど、台湾の作家で博士号を取って大学の先生になっている人が多いという話をしましたが、そのせいなのか、どうしても理論的なポストコロニアルとかフェミニズムとか、そういう難しい小説も多いです。

――ちょっと格式が高い感じですね。

赤松:はい。普通に読んで面白いというよりは、分析のしがいがあるようなものが多いんです。日本でも研究者の目に触れやすいそういう作品が翻訳されてきた傾向があるように思います。

和泉:台湾にも面白い作品はあると思うのですが、まだ見つけきれていないんでしょうか。

赤松:こんなに文学をがんばってきた国ですから面白い文学がたくさんあるはずなので、私のこれからの課題は台湾の面白い文学をもっと日本に紹介することですね。


補足

インタビュー時点で、赤松氏が把握しているかぎりでは『台湾海峡一九四九』が台湾文学としてはじめて重版になりました、とのお話でしたが、その後、すでに『さよなら・再見』が日本で重版されているとのご連絡をいただきました。
情報ご提供ありがとうございました。
過去に日本で重版された台湾文学の翻訳書籍には、黄春明 著、田中宏・福田桂二 訳『さよなら・再見』(めこん、1979年)、李昂 著、藤井省三 訳『夫殺し』(宝島社、1993年)、龍應台 著、 天野健太郎 訳 『台湾海峡一九四九』(白水社 、2012年)などがあるとのことです。(2013年6月17日追記)

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