インタビュー

Vol.1

手書きのときはどの異体字を使ってもいいんです。

山口明穗

2012.12.10

超漢字マガジン第1回のインタビューは、国語学者の山口明穗先生です。 漢語辞典の編纂などに携わってこられた先生ならではの、変わった形の漢字や本来漢字がもつ許容性などのお話をお伺いしました。

言葉と意味、漢字と意味


――先生のご本の中で「峠」という字をとりあげて、漢字に対する意識が日本の感覚とそれから外国の人の考え方が違うみたいなことを書いてありましたが。

言葉だから、常にそういうことが起こるわけでしょ。

――はい。

テレビで知ったんだけど、田中首相が日中国交回復のときに中国に行って演説して、戦争中に日本は中国の人たちに大きな迷惑をかけたっていう話(※田中元首相が「わが国が中国国民に多大なご迷惑をおかけした」と演説したこと)をして、で誰かが「迷惑」という言葉は、中国ではどういう意味で使うかと聞いたら、女性のスカートに水をかけたくらいのことであって、あの戦争での「迷惑」とはぜんぜん迷惑の度合いが違う、っていってましたけどね。言葉っていうものは、表の意味と裏に隠れた感覚があるから、(日本と外国では)ずいぶん違うんでしょうね。

――なるほど。

こないだ聞いた話で、だれかがアメリカに行ったときに、アメリカ人に日本人はナイーブだ、ってことを言われて喜んだけれども、英語でいうナイーブっていうのは、「愚直」っていうような意味になってるそうです。そうなってくるとね。言葉っていうのはどこまで知ったら知ったということになるのか、ということになりますね。

――むずかしいですね。言葉と意味という話では、漢字は昔は表意文字といわれていましたけれど、今は表語文字っていう言い方がありますね。

「表意」っていうと意味を表すだけっていう感じがするけれども、実際には、漢字は意味と音声の両方を表しているものですよね。意味と音声の両方っていうとそれは語だっていうので、表語のほうが正確だろうっていうわけですね。表音文字っていうのは音(おん)しか表さないけれども、漢字なんかは完全に表意と表音とあわせているんだから表語文字と呼んだほうがいいんだ、っていう意見があるんです。でも通じないですよね(笑)。漢字には「六書」というのがあって、昔から漢字はどう造られたかを説明したものだといわれるんだけど、僕は漢字によってどう語を書き表したかを説明したものだというのだけど、誰も賛成してくれない。「表語」文字っていうと、デモ行進のときの「標語」になっちゃう。

――(笑) たしかに、表意っていう表現が一般的には流通していますよね。

そう、一般的には流通していますよね。そう言ったほうが、わかりやすいですよね。

――「表語」っていった場合、たとえば英語でいう単語に相当する意味合いになるんでしょうか?

そうなんでしょうね。

――アルファベットは26文字ですが、それを組み合わせた単語自体はやっぱり何十万ってありますよね。漢字が表語という考え方だと、1字で単語に相当する上に、2字で1つの単語になったり……。

2つで1つの言葉を表すことがありますね。漢字は2字の組み合わせで使うことが多い。そのほうが同音異義語が減るんですね。

――外国の人が大漢和(辞典)を見て、こんなにあるのか、っていわれたことがあるのですが、それはその表語ってところに理由があることなんでしょうか?

大変ですよね。あれだけの漢字を全部覚えるの。

――そうですね(笑)。

外国の人たちが、漢字にたいして興味をもつっていうことは、字数がたくさんあるっていうことと、アルファベットより綺麗だっていうのがあるんじゃないですか。ぼくの知り合いのドイツの学者が、漢字が大好きで漢字を研究していたんですけどね。アルファベットはつまらないって言ってたんですよ。26しか文字がなくって、なんにも表すことができない。でもそれにくらべて漢字っていうのは、遊びができるって。たとえば、昔っからあるなぞなぞだけど、「このいとなにいろ?」っていうのも漢字の遊びですよね。

――このいとなにいろ、ですか?

紫ですよね。「このきなんのき」とかね。ああいう遊びができるって、そこにも漢字のおもしろさがあるって。その人は遊びは文化だって。

――なるほど。

「見る」って漢字がありますよね。その「見る」をもう1つ天地をひっくり返して組み合わせた字を室町時代に作っているんですよね。作っても書けやしないと思うんですけどね。下から上にはねるなんてね。

――むずかしいですよね。

これを、かえりみる、って読ませているんですよ。

――かえりみる……。まさにそうなんですね。

すべるっていう字があるでしょ、しんにょうに横一本棒の。その一本棒を縦にするんですよ。あれGT(書体)に入っているのかな?

――しんにょうに縦棒ですよね。(超漢字検索で確認して)ああ、これですね。GTに入っています。「おしたつ」って書いてあります。

うん。「おしたてる」って文字です。中文の人が発表会のときにその字をみて、読めない読めないって(笑)。

――これは日本で作られた字なんですか?

中国で作られた辞典にも出てこないので、日本で作った字ですね。

――「おしたつ」ってどういう意味なんですか?

要するに力を入れて横になっていたものを縦にする。

――「おしてたてる」っていう? なるほど。

押すってのは、力をいれて支えるとかね。そういうような意味になるから。大漢和で「完了」の「了」っていう字をひっくりかえした字があります? 「チョウ」といって、あんまりいい意味じゃないですけどね。あと「予定」の「予」の字も逆さまになった字が大漢和に出てくるんですよ。

――これですね。「げん」ってかいてありますね。大漢和に「幻」の本字って書いてあります。

あんまりいい意味じゃないです。それも。そんな字だって、実際に筆でかくときに大変ですよね。ペンだったら絶対書けないですよね。

おしたつ、ちょう、げん 


――いろいろ変わった字があるんですね。

漢字の字自体がなんらかの意味をもっているから、そういうような形から(漢字が)でてくるんですよね。

――漢字のその部首に金偏がついたら金物に関連するものであるとか、慣れればこの漢字が何関係の漢字かわかってきますよね。漢字の場合は、その字がそれこそ何千年にもわたって連綿ときているので、その共通感覚っていうのがずっとあって、漢字を知っている人の間ではコミュニケーションしやすいんじゃないか、っていう気がしてきました。

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