漢字探検隊

Vol.11

高貴な方の康煕字典

このコーナーでは、はるこ先生が漢字にまつわるさまざまな話題を皆様にご紹介します。

2013.05.14

私たちが現在利用している漢和辞典は、中国で編纂された「康煕字典こうきじてん」の影響を大きく受けています。

康煕字典とは

「康煕字典」は、中国のしんの時代に編纂された漢字の字典です。清朝の第四代皇帝康煕帝こうきていの命により、学者30人が5年の歳月をかけて歴代の辞書を元に集大成したもので、1716年に完成しました。

康煕字典の初版「内府本ないふぼん」は木版によって印刷されており、全40巻から構成されています。
親字(見出しの漢字)として47,035字を収録しており、これらの漢字は214の部首に分けられ、画数順に記載されています。現在私たちが利用している漢和辞典も、214の部首分けや画数順の配列などの点で、この康煕字典の流れをくんでいます。

康煕字典は、明治以来の漢字の活字字体の典拠であるという意味で、国語学的には極めて重要なものとされています。
現在でも、日本の漢字のうちで常用漢字表に含まれないものは、基本的には康煕字典の字体をより所とするように、2000年12月の国語審議会などで答申されています(表外漢字字体表:文部科学省 参照)。

康煕帝ってどんな人?

康煕帝は1654年5月4日に清の第三代皇帝順治帝じゅんちていの第3子として生まれ、8歳で即位し、1722年12月20日に亡くなるまで60年にわたり在位しました。

国内の反乱を鎮圧すると、質素倹約に励んで財政を改善し、減税もたびたび実施しました。また、外交戦略にも長けており、ロシア帝国と対等な条約を結び(※)、モンゴルやチベットの内紛に介入して敵対勢力を制圧するなど、中国大陸支配の基礎を築き上げました。
文化的にも、康煕字典をはじめとして、さまざまな辞書、歴史書、詩歌集を編纂させました。大変な読書家・勉強家としても有名で、血を吐くまで本を読んでいたというエピソードもあるほどです。

康煕帝は、倹約家で、文武ともに功績を残し学術を振興させたとして、中国歴代最高の名君とされています。

※ 1689年、大清帝国は、ピョートル1世のロシア帝国との間に、両国の境界線などについて定めた「ネルチンスク条約」を締結しました。清とヨーロッパの国家との間に結ばれた初めての対等な条約です。1689年は日本では元禄2年、5代将軍徳川綱吉の時代にあたります。

使ってはいけない漢字

いみな」=「忌み名」とは、人の本名のことです。

中国では名前は軽々しく呼んではいけない神聖なものとされていて、とくに皇帝の名前の字は絶対に書いてはいけないことになっていました。
諱を含む人名や地名は、他の漢字に改められたり(改字)、該当する漢字を空欄にしたり(空字)、文字の最後の一画を省略したり(欠画)して、慎重に避けられました。

康煕帝の諱は玄燁げんようといいます。
康煕字典ではこの二文字の最後の筆画を省いた「「玄」の異体字」「「燁」の異体字」という文字を載せています。

康煕字典の初版「内府本」をみてみると、「玄」「燁」の項を「御名」としてかかげ、見出しや本文ともに欠画になっているだけでなく、この文字を部品とするような文字にまで欠画を展開しています。たとえば「「玅」」は「玄」の最後の点がない「「玅」の異体字」になっています。

江戸時代に日本で翻刻された「安永本あんえいぼん」では欠画は修正されていますが、修正しきれずに欠画のままになっている文字もあります。

内府本(左)と安永本(右)の比較
《内府本(左)と安永本(右)の「玄」の比較》

「康煕字典」を読んでみよう!

「康煕字典」には、編纂された時代や国によって、さまざまな版本があります。

清の康煕帝の時代に内務府から刊行された康煕字典の初版は「内府本」または「武英殿本(殿版)」と呼ばれています。「内府本」は日本に数冊しか存在しないもので、原本を見ることは困難な、極めて貴重なものです。
それ以降、清朝あるいは中国国内だけでも、道光本(1827年)、湖北崇文書局本(1875年)、上海同文書局本(1884年)、商務印書館本 (1933年)、中華書局同文書局本(1958年)などが発行されています。

「安永本」は江戸期日本で翻刻されたもので、初版は中国の康煕字典発刊の64年後、安永9年(1780年)に『日本翻刻康熙字典』として刊行されました。日本ではこの後も、江戸から明治期にわたり各種の版が発行され、利用されています。

現在、歴史や日本文学専門の古書店や中国書籍の専門店以外では、「康煕字典」を手に入れることは難しいかもしれません。
しかし最近は、簡単に手に入り、いつでもどこでも見ることができる電子データ版の「康煕字典」も流通しています。

康熙字典網上版

中国語(簡体字)のサイトですが、「中華書局本」の全ページのスキャン画像をインターネット上で閲覧できます。
康煕字典がどんな本なのか、ちょっとのぞいてみたい人にお勧めです。

康熙字典網上版


より綺麗な画像で閲覧したい方や、研究用の資料としても利用したい方には、iPad上の電子書籍や超漢字版をどうぞ。

康煕字典 内府本

貴重な「内府本」である、東京大学東洋文化研究所所蔵の清朝版『御製康煕字典』を、オリジナルの装丁のまま全ページスキャンした電子書籍です。
「内府本」では、皇帝の名前と同じ漢字を書くのをはばかって字の一部を欠いた文字を用いる「欠画」が見られます。

康煕字典 内府本 (iPad 電子書籍)

康煕字典 安永本

日本の康熙字典考証の先駆けである都賀庭鐘の「字典琢屑」の一巻が追加され、全41巻で構成されています。
日本人が読みやすいように、親字に読み方がカタカナで補われ、訓点と送り仮名を振った木版を新たに起こしてあるので、専門的な知識が無くても比較的読みやすいのが特長です。

康煕字典 安永本 (iPad 電子書籍)

超漢字康煕字典

「超漢字康煕字典」は、Windows上で動くTRON「超漢字V」上で簡単に『康煕字典』を引くためのソフトウェアです。「内府本」と「安永本」の両方を収録しています。
前述の特長のほかに、超漢字の「文字検索」小物と連携して、目的の漢字を引くことができます。また、康煕字典上の漢字に関する文字情報や関連字の情報を「文字検索」小物で調べることもできます。

超漢字康煕字典


皆さんも、ぜひ漢字の奥深さに触れてみてください。

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